桶狭間の戦い‐Drive on Okehazama‐|サイフォン&コマンドマガジンが放つタブレットウォーゲーム
桶狭間の戦い‐Drive on Okehazama‐ こまあぷ‐kama app‐

桶狭間の戦い‐Drive on Okehazama‐コラムページ

2015/05/29
Progress Note

 桶狭間の戦いエキスパートモードでは、ルールの調整を試みている。ルールが変更された場合、AIの動きがどうなるのかも試験してみた。

ゲームバランスの反転

 桶狭間の通常ルールは、史実がそうであったように、序盤は今川軍有利に進む。そして中盤より、次第に織田軍有利にシフトする。  全体のバランスはこれで取れているものの、システム上、今川軍が全砦破壊で勝利する場合、どうしてもプレイ時間が短くなる傾向がある。今回はこの点の調整を行いつつ、今川軍プレイの難易度を上げる事を試みた。
 今般、主な変更点はふたつに絞った。砦を破壊できる率を下げる事と、戦力バランスを変化させる事である。当初は後者のみをコマンドさん側へ打診してみたが、途中で前者も加える事となった。

今川軍の砦破壊率の減衰

 織田軍のつらい所は、戦闘で負けて退却すると、戦闘後前進で進入した敵に、砦を奪取されてしまう事である。これは、守兵の戦闘力が弱く、砦に防御効果がない事から生じる問題だったので、砦の効果としてサイの目に+3を加える事にした。  砦効果として、2倍以上の差がない場合は引き分けとする案もあったが、途端に砦が落ち難くなりすぎた為、織田軍の動きがなくなってしまい、上記案へ変更する事にした。
 その他、織田軍に+2の戦闘力を加え、時間軸の変化と共に戦力値が下がるルールを、今川ではなく織田に適用する案も思いついたが、これはデザイナー氏の意図に大きく反すると思い、取りやめる事とした。
 ともあれ、砦の奪取率を減衰させる事でプレイ時間を延ばし、その結果、織田が有利になる確率を上げる事でエキスパートとした。

戦力バランスの変化

 こちらはイベントルールとして組み込む事にした。元々、今川軍の戦力は時間軸と共に落ちていく傾向にあり、そのデザイン軸にバイアスをかける事とした。
 イベントルールである為、最初からネタバレになってもつまらないと思うので、ここでは詳細を避けるが、今川軍は戦力を失うイベントルールを取り入れた。こうして今川軍は、中盤以降、更に不利な体制とし、難易度を上げる事にしたのである。


2015/05/03
Developers Note-2

 ガザラ型UIに戻した事で多くの問題が解決し、AIの実装作業へ移った。半年間、開発が中断していたコードネーム「アクセル・オン」AIは、ガザラAI「サイフォンスピリッツ」に近い形で進化を遂げる。
(AIアップデートは5/13頃を予定)

遭遇戦AI「アクセル・オン」

 桶狭間の戦いは何のゲームなのか、そう聞かれるならばそれは「遭遇戦」であると答える。AIを開発するにあたって、そう解釈し組んだからだ。サイフォン側から見た場合、ゲームそのものはコマンドさんからの支給である為、開発経緯は分からないが、お題として頂いた答えをこう返した事となる。
 AIとして簡単な作りをするならば、移動目標を算出し、攻撃対象を算出する、その上で攻撃しやすい敵へ攻撃する、という作りである。だが、これでウォーゲーマーが喜ぶのかと言えば「それは否である」という答えが、即、返ってくるだろう。
 こまあぷが汎用AIとしないで、タイトルごとにカスタマイズを施している理由でもあるが、人はウォーゲームをプレイするに至り、そのモチーフの背景を重要視する。この事は、ルール作りにおいてもそうだと言えるだろう。
 有名だが、非常に分かりにくい戦いのひとつである桶狭間の戦いを、デザイナーはそう解釈して組み立てていると感じたのである。「アクセル・オン」はこうして設計に移った。

移動と攻撃の解釈

 桶狭間のルールは、これまた独特である。ガザラとは逆で、防御側のユニットが少なく、そして攻撃力も弱く、防御効果もない。但し、今川軍のユニットは時間軸の経過と共に攻撃力が低下し、タイムオーバーで織田軍が勝利する。
 これが何を意味するかと言うと、時間軸の経過と共に、両軍とも行動パターンが変化するという事である。また、攻撃=索敵というシステムでもある為、攻撃が持つウェイトも、時間軸の経過と共に変化する。
 今川軍としては、義元ユニットが最強ユニットではあるものの、奇襲を受けたくない為、居場所は知られたくない。織田軍としては、できるだけ序盤で戦闘を繰り返し、義元の存在を知りたいが、戦闘力が弱い為、返り討ちの可能性も高く、砦を奪われる可能性も高まる。
 アナログゲームでの対戦であれば、こうした選択肢の判断は「ジレンマ」として格好よく表現できるものの、デジタルのAIにする場合は、この表現が非常に難しい。明確に選択させる必要があり、これが一方的な動きとなれば、相手に読まれてしまうからだ。だが、ランダム要素は入れないのが、こまあぷのAIポリシーである。

遭遇戦が成り立つ為に

 コンピュータ側を強くする手法としてよく取られるのが、敵(ユーザー)側の情報をコンピュータ側は知っていて行動する、所謂チートという手法である。だが、こうしたコンピュータと戦って面白いのかというと、それはまたしっくりこないだろう。
 今回は遭遇戦であり、しかも自軍のユニット内容も分からないまま進行するので、チートする敵との戦いは萎えると判断した。チートに慣れたプログラマーであれば、チートでもユーザーは分からないと答えるだろう。
 だが、これまでソリティアを続けてきた側からすると、ソリティアのルールで動かす方が、ユーザーの満足度は得られると考えている。あとは一辺倒な動きにしなければ良いだけである。
 当初のテストプレイ時もそうだったが、このゲームでは、どの勝利条件を目指しているかで、ブーストの掛け具合が変わってくる。こうした面に注目し、「アクセル・オン」という名称にしたのである。


2015/04/04
Developers Note-1

 このタイトルでは、UIを大きく変更した。ver1.0.0.0ではボタン型メニューを出し、増えていくルールに対応できるように対応した。だか問題も多く、途中でガザラ型UIへ変更する事となる。

ボタン型メニューの功罪

 ここで用いているボタン型メニューとは、選択する行動の一覧をボタンとして表示し、その中から行動を選択させるというUIシステムである。
  ・移動
  ・合戦
  ・砦破壊
  ・待機
 このように行動できる選択肢を一覧として出す事で、ユーザーへ何が出来るかの全容をイメージさせる事ができる。また、行動が増えた場合も追加が行いやすいメリットがある。
 問題となるのは、行動を確定させるまでのクッションが増えるのと、プログラムの中で表示物が増えるという点である。特に今回は、後者が大きな問題となってしまった。

UIの変更

 そもそもver1.0.0.0で採用したボタン型メニューの採用は、上記であげたメリット部分に加え、今回盤面に登場するユニット数が少ない事から、見た目の寂しさを補う手法のひとつとして採用した。
 だが表示物が増える事からプログラム処理が増え、その分の処理が複雑になってしまう。そして開発で用いているプラットホームの更新が行われると、その度に挙動が変わるという状態に陥ってしまった。この問題はリリース前の開発時から出ており、リリースが遅れた原因ともなっていた。それでもなんとかリリースまで運んだものの、AIアップデート時にこれまでと同じ問題が再発した。
 ここで出した答えは、同様のシステムで『総統指令』を先に作り、問題点をフィクスした後に、再度『桶狭間の戦い』へフィードバックさせようというものであった。だがフィクスされる事なく、問題が大きくなった為、『総統指令』のUIは『ガザラの戦い』型へ戻す事にした。その結果、問題がなくなり、エフェクト等にもリソースを割く事ができたので、『桶狭間の戦い』もUIを変更する事にした。


2014/11/23
Designers Note

 こまあぷ「桶狭間の戦い-Drive on Okehazama-」は、ベテランゲーマーの視点で、難しいテーマがコンパクトにまとめられている。デザイナーズノートとしているが、こちらではレビューの一環としてまとめたい。

両軍で異なるゲームの基本システム

 これまでのこまあぷでは、両軍とも同じ基本システムで展開してきた。だが、今回は両軍でシークエンスが異なる。およそ両軍の違いをシステムで表現し、バランスを計っていると思われる。

  1.手番の決定
  2.手番者の移動
  3.合戦
  4.勝利判定

 こうした点は同じであるが、侵入者である今川軍と、攻められている織田軍とでは、行動において、そのシークエンスが異なるのだ。
 ちなみに登場するユニット数は、両軍とも5つである。それぞれが裏返しでセットアップされるので、信長以外、どれがどのユニットかは、敵味方ともわからない。合戦する事で表になり、どのユニットがわかるシステムだ。

今川の優位性の表現

 今川軍の行動は、「移動-合戦」若しくは「移動-(別ユニットの)移動」である。移動では未登場ユニットの増援も得られる。つまり合戦を行わない事で、別ユニットの移動や増援が可能とされる。
 また、軒並み織田方より戦闘値が高い為、合戦で有利であるものの、イベントが発生する毎に、この戦闘値が低下する為、持久戦になると弱くなる。これは大軍を率いての合戦である為、兵糧が不足したり、遠征している事から生じる厭戦気分の高まりを表現しているのだろう。
 ともあれ、今川軍はタイムオーバーで敗北する為、序盤から積極的に攻勢に出る必要があり、侵攻側としての定義に沿った設定と言える。

織田軍の特異性の表現

 織田軍ユニットは、軒並み戦力値が低い。この為、各個撃破で全砦が破壊されたり、上洛ポイントを取られて敗北したりと、盤面で上手く立ち回らないと敗北してしまう。
 勝利となる条件は、義元を討ち取るか、タイムオーバーで今川軍を退却に追い込むかである。後者は運の要素が強い為、多くの場合、義元を討ち取る戦法が取られる。
 この戦法をサポートするのが「奇襲」コマンドである。信長を好きに登場させ、攻撃させる事が可能なコマンドだ。義元の位置が判明したならば、即座に奇襲を仕掛けて勝負に出る事を可能としている。これは地元の利を表現しているのだろう。

ゲームの方向性

 史実では、義元が討ち取られて終わった様に、ゲームでもそうしたパターンで終わる事も多い。逆に信長が討ち取られる事もある。だがそれだけでは、ゲームとして面白くないだろう。
 このゲームでは、長期戦に陥る場合も用意されている。結果としては、今川軍の戦力値低下や、タイムオーバーでの今川軍の退却エンドが用意されているが、長期戦に持ち込むには、織田軍が取る戦術も重要である。
 一定の砦を捨ててでも防御線を張ったり、包囲網を形勢して、網に掛かった今川軍ユニットを各個撃破し、敵の打撃力を削ぐなどがそうである。こうした戦術戦の豊かさが用意されているのも、ベテランゲーマーの視点から生まれていると言えるだろう。

勝利条件について

 勝利条件は全部で5つ。各々、敵の大将を討ち取ると勝利。上洛ポイントへ義元が達すると今川軍勝利、織田方の全砦を破壊しても今川軍勝利。タイムオーバーで織田軍勝利、の5つだ。
 大将を討ち取るという、分かりやすい勝利や、上洛説、尾張制圧説、のどちらでも勝利、また戦闘可能な時間軸の設定など、多くのレンジを持っており違和感はないだろう。
 こうしたゲームで楽しめ、歴史を知る事ができるというスタンスを、今後も続けて生きたいと思う。


2014/11/22
Project Note

 こまあぷ第三弾は「桶狭間の戦い-Drive on Okehazama-」である。ゲームデザイナーは、コマンドマガジン誌でも執筆しているベテランゲーマーの岩永秀明氏だ。桶狭間は有名な戦いであるものの、史料も少なく、ゲームとして非常に作り難い。こうした戦いをベテランゲーマーの視点でコンパクトにまとめられている。ゲームの内容については次回より展開するとして、今回は、このゲームの意義と、打ち出し方について語りたい。

歴史を知ってもらう為に

 冒頭から申し訳ないが、桶狭間はやり難いテーマのひとつである。それは何故かと言うと、今川義元の尾張侵攻の目的が定かにされていないからだ。また大河ドラマや雑誌記事などで「上洛」が目的であったとされている点も、大きな障害となっている。上洛が目的であったという先入観で見られるからである。
 歴史学において、上洛するのであればそれなりの準備が必要とされる。通り道となる周辺勢力への働きかけや、立ち寄り先への連絡などがそうだ。だが、これらの史料が出てこない事から、今日では上洛説は否定される傾向にある。
 その他、将軍・足利義輝がこの時はまだ健在である事から、将軍を目指しての上洛とは言い難い。では、管領や九州探題の職を目指してのものなのかというと、そうした史料もでてこない。こうした中、尾張と駿河の領主間では、100年以上前から争いが生じている。そこで義元の尾張侵攻は、この延長で生じた戦いであると考えられるのだ。
 抗争が始まったのは「応仁の乱」の前からである。この時、尾張や越前の守護は有力な足利一門の斯波氏であり、織田氏は斯波氏に仕える守護代であった。また、駿河・遠江の守護は今川氏である。その後、今川氏の相続問題から、遠江の半国は斯波氏が預かる事となり、その後、幕府の意向もあって斯波氏が残る今川領にも手を出した。当然、怒った今川方は反撃に出る。こうして両者の抗争は応仁の乱へ引き継がれていった。
 この時、織田氏は遠江への遠征に反対し、斯波氏と対立していく事となるが、斯波氏にも相続問題が発生し、次第に織田氏が実権を掌握していった。遠江の掌握は、織田が興味を示さなかった事で、今川氏が掌握していくが、織田は尾張の隣国・三河へ侵食を始める。
 三河は、今川と同じ吉良氏一族の一色氏が守護であったが、没落した為、織田と今川とで掌握戦が始まったのである。今川としては、吉良も一色も同じ一族なので、有力な今川が庇護する形が望ましいという理屈だったのかもしれない。こうして後の将軍・徳川家康の人質事件が発生する。
 三河へ積極的に侵入していた織田は、織田分家である信秀であった。その子の信長が守護である斯波家を庇護し、尾張を統一した事で、三河への脅威は益々高まった。この時の義元としては、武田・北条との同盟を結び、後顧の憂いが無い今、三河の掌握と共に、尾張も制圧しておこうというのが心情であったと考えられる。
 1560年春、こうして桶狭間の戦いはこうして発生した。そんな桶狭間なので、あまり表に出る事のないこうした過去の経緯を交え、桶狭間の戦いまで両者の事情を知ってもらおうという事も、今回の打ち出し方に取り組んだ。信玄上洛デジタルアプリ版forWinにて、戦国を知るなら室町幕府の経緯を知るべき、という事で作成した特典冊子を作る時と思いは同じである。


桶狭間の戦い‐Drive on Okehazama‐
(今川に限らず足利一門はこうした伝承事が好きな一族である)